第十五回 アメリカ大会


これまでヨーロッパと南米で交互に開催されてきたW杯でしたが、
初めてそれら以外の地、しかもそれまでサッカー後進国とみなされてきた
アメリカ合衆国で開催された大会。
テーマはその地にふさわしく、"Making Soccer History(サッカーの歴史を作る)"でした。

この大会までにブラジル、ドイツ、イタリアの三カ国が三度優勝しており、
それらの中から四度目の優勝を果たすチームは現れるのか、それともアルゼンチンが
これらの三カ国に並ぶのか、はたまた新たな国が優勝経験国に
名を連ねるのかといった興味も持たれたこの大会でしたが、
最後に笑ったのはブラジル代表チームでした。
史上初の決勝でのPK戦において、最後のキッカーバッジョが外した瞬間の、
明と暗のコントラストは勝負の残酷さを何よりも雄弁に物語っていました。

時差の関係で真夏の日中に行われた試合が多く、また、
決勝戦も含めてPK戦でケリをつけねばならなかった試合も結構あったのですが、
90年のイタリア大会のように、ディフェンシブでつまらない試合ばかりだった
という記憶は全くありません。0-0のスコアレスドローが少なかったからでしょう。

私自身はこの大会の頃、子どもたちが大きくなってきたことと、PTA活動を通じて
サッカー好きなお父さんたちと知り合えたこともあって、
毎週日曜日には近所のグラウンドでボールを蹴っておりました。
また、時には試合のために車で遠方まで出かけたりと、
結構アクティブに過ごしていた頃でした(もう一度戻りたい・・・)。

そんなこともあって、ブラジル代表チームやACミラン、ユヴェントスをはじめとして、
マンチェスターユナイテッド、パルマ等のレプリカユニフォームも
この時期のものを多くコレクトしています。

Making Soccer History

功労者たち
ロマーリオ(FW ブラジル)

・ ご存知、今大会ブラジル優勝の立役者ロマーリオ。
 すばらしいボディバランスとボールテクニックで、相手
 DFの群れの中に入り込み、何事もなかったかのように
 平然と得点する、守る側からすれば一番嫌なタイプの
 点取屋。


↑準決勝対スウェーデン戦で
決勝点となるヘディングシュートを決めたシーン


  この大会中もパレイラ監督や、同じFWのベベットとの
 確執が取り沙汰されるなど、問題児扱いされたことも
 ありましたが、それを「ぐっ!」とこらえてチームに、
 そしてブラジルの威信に尽し続けた姿は感動的ですら
 ありました。

  得点した後も「当たり前のこと」とばかりに、笑わない
 職人気質(?)が唯一崩れたのが、対アメリカ戦で
 ゴールを決めたベベット選手の“ゆりかご”パフォー
 マンスに同調した時だけだったような・・・。
とにかく渋さが光った超個性派でした。


↑それでもそんなに笑ってない!(右端) 



ロベルト・バッジョ(FW イタリア)


↑ 決勝トーナメント1回戦、
対ナイジェリア戦で決勝点となるPKを
決めるバッジョ。
それにしても、このギリギリの場面において、
ポストに当てて、なおかつ決める凄みを見よ!



↑最後のキッカーとしてPKを外し、
優勝をブラジルに渡すことになった瞬間。
うなだれるバッジョ。

↑ 対アルゼンチン戦で、ドミトレスクとの
  コンビにより、3-1とするゴールを決めた
  直後のハジ。
ゲオルゲ・ハジ(MF ルーマニア)

・ このアメリカ大会の驚きに、50年代に「マジック
 マジャール」と恐れられたハンガリー代表以来といっても
 言いすぎでないでしょう、4位になったブルガリアと
 ルーマニアの東欧勢の躍進があげられます。

  特にルーマニア代表チームは、鋭いカウンター
 攻撃を武器に、コロンビア、アルゼンチンといった
 南米の優勝候補チームをねじ伏せる大活躍。
  そして、その中心にいたのがこのハジでした。
 左利きのテクニシャンで、速攻をかける時の核と
 なって、素晴らしいタメを作り、最後に絶妙のラスト
 パスを送り出す様に、本当に憧れました。「東欧の
 マラドーナ」と言われていましたが、個人的には
 無駄のないプレー振りはマラドーナというより、
 プラティ二に近いものを感じました。

  
ストイチコフ(FW ブルガリア)

・ この大会まで、ワールドカップに全く縁の無かった
ブルガリア代表チーム。しかも本大会出場を決めたのも
最後のいすをめぐってカントナ率いるフランスと
戦って、ようやく手に入れたもので、前評判自体は決して
高くはなかった(事実、第一戦でナイジェリアにいい所
なく敗れましたし・・・)のです。

しかし、アルゼンチンに勝ったあたりからチーム全体が
機能し始め、このストイチコフを中心に、
シラコフ、バラコフといった攻撃陣がルーマニアとは
一味違ったスピーディなカウンター攻撃を
決められるようになり、最終的にはドイツを破り、
3位決定戦まで進出。

その功績をたたえ、ブルガリア国民の間には、
「ストイチコフを大統領に!」といった声まで
上がったとか。

所属していたバルセロナでは監督である
クライフに対してすら悪態をつき続けた
バルカンの“悪童”でしたが、そのキャリアの最後に
やってきた柏レイソルではおとなしかったのは
何故だったんでしょう?
イェキニ(FW ナイジェリア)

・ ナイジェリア代表のFW。とにかくパワフルで、スピードに
 乗って攻めあがる時の迫力は今大会随一でした。
 写真は予選リーグ対ブルガリア戦で先制ゴールを上げ、
 スタンドに向かって歓喜の叫びをあげるイェキニ
 (かなり怖いです)。

  「スーパーイーグルズ」、ナイジェリア代表チームは、
 アメリカW杯前のアフリカ・ネーションズカップで圧倒的
 強さを見せて優勝、勝ち気まんまんでアメリカへ乗り
 込んできた。予選リーグではアルゼンチンにこそ1-2で
 逆転負けを喫したものの、対ブルガリア3-0、
 対ギリシア2-0と、前評判にたがわぬ強さでグループ
 一位で通過。イタリア大会のカメルーンに続き、
 アフリカ旋風を巻き起こすかに見えたのでしたが・・・。
カンポス(GK メキシコ)

・ サッカー史上最高に派手なゴールキーパー。
 自らデザインを手がけた“大きく見せる”ための
 カラフルなウェアに身を包み、右に左にジャンプ
 してセービングする姿はまさにゴクラクチョウを
 ほうふつとさせるものでした。

  チーム自体は最終的にPK戦でブルガリアに
 敗れ、決勝トーナメント一回戦で姿を消したの
 ですが、ほとんどすべてのペナルティキックに
 対して読みを的中させておきながら、あと10cm
 のリーチに泣かされた彼の能力については
 疑いの余地はないでしょう。

  GKの理想像として、今なお、「身長が190cm
 あるカンポス」と言った具合に引き合いに出される
 こともある、メキシコが生んだ最高のGKです。


番  外
期待はずれに終わった選手たち

↑ 対ギリシア戦で3-0となるゴールを決め、
  カメラに向かって吼えるマラドーナ。
(もの凄いテンションでしたが、
これもクスリのなせるワザ?)
マラドーナ(MF アルゼンチン)

・ W杯とくれば、やっぱりこの人を外すわけには
 いかないでしょうし、ご本人も期待を裏切らぬ(今回は
 別の意味で)よう、話題を提供してくれました。


  ↑写真は対ナイジェリア戦の後、ドーピング検査に
 ひっかかり、ダイエットの為と思われるエフェドリン
 が検出(しかも数種類のカクテルだったそうな・・・)
 され、W杯からの追放が決定された後、
会見するマラドーナ。
テロップが物悲しさを引き立てています。

↑写真は今大会の苦戦の引き金となった
 対アイルランド戦0-1での敗戦後のインタビュー。
 これまた“らしい”コメントです。
アリーゴ・サッキ(監督 イタリア)

・ 選手ではないのですが、あまりにも個性的
 すぎて、紹介せずにはおれないサッキ監督。
 とにかく試合中でもフィールドのすぐそばで大声を
 張り上げっぱなし。あの小さな頭の中では常に
 自分の考える理想のゲームが展開されていたの
 でしょう。 画像からも伝わって来る神経質さは
 周りにいる者をして、緊張せずにはおらせないほど。
 イタリア代表チームのメンバーも、
さぞかし気を使ったでしょうね。

  ACミランを80年代後半に世界一ののビッグチーム
 に育て上げた手腕を評価されてのアズ−リ(イタリア
 代表チームの別称)監督就任でしたが、今大会は
 暑さと主力選手の故障という二大トラブルに
 最後まで苦しめられ通しでした。チームを決勝戦
 まで導いたのですから、決して「期待はずれ」では
 なかったのですが、反対にあれだけのチームを
 すっきりとした形で決勝戦までもってこれなかった
 という意味で「期待はずれ」組に入れました。

  

↑ これが問題のシーン。
転んだ選手は“お約束の”痛がりよう

ジャンフランコ・ゾラ(MF イタリア)

・ この選手は「お気の毒」な選手のナンバーワン。
 決勝トーナメント1回戦の対ナイジェリア戦で、後半
 に途中交代で入ってすぐ、相手DFに報復行為を
 行ったとの理由で一発退場をくらってしまいました。
 半泣き状態でフィールドを去って行く姿が、その判定
 の理不尽さを物語っていました。

  同じように交代出場後間もなく、ラフプレーで
退場させられたボリビアのエチェベリが確信犯
であったのとは対照的でした。

ただ、この大会後移籍したイングランド、
プレミアリーグのチェルシーで大活躍したことで、
プレーヤーとしての評価はグンと上がったことは
間違いありません。

少し前の「ファンタジスタ」。
  
バルデラマ(MF コロンビア)

・ アスプリージャ、リンコン、バレンシアと
攻撃陣に多彩なタレントを擁し、今大会
密かに優勝候補と目されていたコロンビア代表
でしたが、アメリカ、ルーマニア、スイスと
同じ組に入ったことが災いしたのか、
予選リーグで1勝2敗と最下位になってしまい、
10日間でワールドカップを終えてしまいました。

その攻撃陣を操り、ゲームを支配するはず
だったのが、このバルデラマ。
イタリア大会から4年、一皮向けた彼の
テクニックとゲームメイクに期待していた
のですが、そもそもチームを取り巻く環境に
問題があったようです。

世紀のジャイアント・キリングと言われた
アメリカ戦で自殺点をマークした
DFのエスコバル選手が帰国後、
射殺されるという前代未聞の悲劇に
見舞われたことからも、その問題の
根深さが窺い知れようというものですが、
この時すでにバルデラマは33歳という
年齢であったことから考えても、
次のフランス大会への出場は微妙。

結局この選手も、ワールドカップには嫌われた
名手の一人だったと言えるでしょう。


名勝負
in
the U.S.A.
予選リーグ イタリア 1−1 メキシコ

すべてのチームが一勝一敗で
並んだ予選Eグループの最終戦。
同時刻に行われたノルウェーvsアイルランド
の結果も0−0のドローであった為、
イタリアは得失点差でグループ三位となり、
アップアップで予選通過。


↑マッサーロがたった一度だけ輝いた瞬間
GKはカンポス

この試合でメキシコが着用していたアウェイ用の
ユニフォームのデザインが気に入ってしまい、かなり
探し回ったのですが、結局見つからずじまいでした。
↓ こんなの!派手でしょう?

  決勝トーナメント

ルーマニア 3-2 アルゼンチン

マラドーナがこの大会から追放されたことで、
予選リーグ最後の対ブルガリア戦を落とし、
嫌なムードを引きずったままのアルゼンチンに対し、
シンプル・スピーディ・のびのびのル−マニアが
思う存分暴れまわった試合。
結果こそ3−2でしたが、その内容はハジ、ドミトレスク、
ラドチョウといったルーマニア攻撃陣のスピードが、
勝つために前がかりの布陣を敷いた
アルゼンチンディフェンスをズタズタにした格好でした。

ハジへの評価を揺ぎ無いものにしたこの試合
だっただけに、この大会後のストーブリーグでハジの名が
イタリア、イングランド、スペインのビッグクラブに
加えられなかったのが不思議でならなかったことを
覚えています。


↑ ハジからの絶好のボールを
これまた絶好のコースへ落ち着いて
流し込んだドミトレスク。
ルーマニアはこれで2-1に。


イタリア 2-1 スペイン

ともにハイレベルな国内リーグを持ち、
ワールドカップの常連国でありながら、
かたや通算3度の優勝を誇り、
一方はどうしてもベスト8以上に進めないといった
好対照を見せる両国サッカーの
意地と意地がぶつかりあった準々決勝の戦い。

同じラテン民族どうしということも作用したのでしょうか、
それとも純粋にライバル意識の発露か、とにかく
いたるところで蹴りあいの見られた試合でしたが、
勝負を決めたのはまたもバッジョ。
自身の大会通算3点目で、
この試合の決勝点となる二点目をたたき込み、
これまでの不安視を吹き飛ばす大活躍。
これは、GKまでかわして角度の無いところから
決めたビューティフルゴールでした。

↑ これがキーパーをかわした瞬間。

なんだかスロースターターという意味では、
82年大会のロッシを思い起こさせますね。
ブラジル 3−2 オランダ

・ この試合は、先にブラジルがロマーリオと
ベベットで二点を取ったので、さすがの
ブラジルディフェンスも油断が生じたのでしょう。
その隙をオランダが巧みにつき、2−2に
追いついたことから、俄然盛り上がりました。
しかし、ブラジルは大ベテランのDFブランコが
強烈な左足のFKを直接蹴りこんで勝利をモノにしたのです。


↑ 地を這うブランコの左アウトフロントのFK。
この後、前を走り抜けるロマーリオの背後を通過して
ポストにかすり、左サイドネットにすべりこんだ!
準決勝
決勝戦