第十二回 スペイン大会


78年大会から四年後、私は関西の某大学に進学。
入学前から入部を決めていたサッカー同好会に入部し、ほとんど下宿とグラウンドの
往復といったおバカな学生生活を送っておりました。
そして、そのさ中に行われたワールドカップ。
試合の翌日のサークルは、当然のごとくにわか解説者のオンパレード。
それぞれに好き嫌いがあって、なかなかに面白く楽しめた大会でした。
私自身、これまでで一番多くの試合を見た大会ではなかったでしょうか。

○ジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレ-ゾの
黄金のカルテット率いるブラジル。


○八百長疑惑で一時は引退の危機を乗り越えて復活したロッシ、
フィオレンチナのゲームメーカー、アントニオーニや、
40歳になってなお現役最高峰、不動のGKゾフ等々、
スター軍団イタリア。

○78年の地元大会で代表に選ばれず、今大会がデビューとなる
若きマラドーナ率いる前大会チャンピオンのアルゼンチン。

○“将軍”プラティニ、ティガナにジレス、ロシュトーといった個性的な
攻撃陣が魅力的なフランス。

○80年のヨーロッパ選手権で優勝し、リトバルスキーやフェルスター、ブリ-ゲル
といった新たな才能に、フィッシャー、ブライトナーといった
ベテランがかみあった好チーム、西ドイツ。

見所たくさんで、優勝候補だらけの大会となりましたが・・・。

一次リーグ

ブラジル 2−1 ソ連

この試合のヒーローはブラジルのFW、
左足の強シューター、エデル選手ですね。
ソ連に先制されたブラジルでしたが、
ソクラテスの得点で同点にした後、終了近い
43分にフリーキックをソクラテスが
ひょいと浮かせたボールを待ってましたと
ばかりに左のアウトフロントで強烈に
こすりあげたシュートが唸りをあげて
ソ連ゴールに突き刺さったのでした。
テレビで見ても、ぐにゃっと軌道が変わる
様子がわかるほどのシュートには、
皆憧れ、真似をしたがったものでした。


↑これが伝説のカミソリシュート!
後ろのヒゲ面がソクラテス
イングランド 3−1 フランス

大会きっての“男前”、イングランドのフランシスを
密かに応援していた私が
願っていた通りの結果になったこの試合。
開始から27秒のゴールの記録は
未だに破られておりません。
←こちらがトレバー=フランシス。
      男前でしょ?
  二次リーグ

ブラジル3−1アルゼンチン

二次リーグC組は、ブラジル、アルゼンチンに
イタリアと、豪華すぎる編成になってしまい、
ここから1チームしか準決勝に進めないことに
とても残念な思いがしたものでした。
けれども、それ故に劇的とも言える好ゲーム
ばかりになったのも事実です。

この試合は結果からみれば、ブラジル
にとってはマラドーナさえ潰せばOKであった
ような気がします。若きマラドーナは、
自らの目の前で繰り広げられるブラジルの
黄金カルテットによる完璧とも言えるパスワーク
と緩急自在の攻め、加えてタフでラフな
ディフェンスに完全に我を失い、見方FWに
対するブラジルDFの執拗なマークに
対して報復攻撃を加え、一発退場!
そして、アルゼンチンの
スペイン大会も終わったのでした。


↑マラドーナ(右端)、退場!
猛然と抗議するのはアルディレス
元エスパルス監督

イタリア 3−2 ブラジル

一次リーグの戦い振りから、圧倒的
ブラジル有利と思われたこの試合、最後に
笑ったのはイタリアでした。

私自身も四畳半の下宿の部屋で、夜中に
悲鳴を上げましたよ。特にロッシの決勝点の
時なんか、「オフサイドやろ!この××審判!」
なんて、全然オフサイドでないのに叫んでみたり・・・。どうもこの大会も含め、私はイタリア代表チーム
に対して良い印象がないのです。
何ていうか、独特なセカセカした動きと
タイトでラフなディフェンス(シャツ破りの常習犯、
ジェンチ−レなんてのもいました。
大ッ嫌いでした。)などなど、この当時の
イタリア代表は「カテナチオ」の呪縛に囚われて、
ディフェンシブにやりすぎていたような気がします。
それでいて、この大会のロッシみたいに
ドカンと点を取ったりする選手が現れたり
するものだから、可愛げがないって言うか・・・
とにかく嫌いでした(過去形ですってば・・・)。

↑2−1と再逆転のゴールを決めるロッシ。
右はファルカン元全日本監督。

準決勝 西ドイツ○ 3−3 ●フランス
(PK 5-4)


この試合は何度も何度もビデオ(うちは当時、
ベータを愛用しておりました。)で見ましたので、
かなり思い入れのある試合です。

前半・後半終わった時点で1−1で、延長戦に突入。
プラティニを中心にポンポンと小気味良いリズムで
フランスがゲームを組み立て、ディフェンスの
トレゾールがボレーを叩き込んで1-2。たて続けに
MFジレスが鮮やかなシュートを決めて1-3。
ところが、「今度こそ終わりかな、西ドイツ。
ちぇっ!」という気分になりかけた
延長前半の終了間際、ついに爆発しました、
伝家の宝刀ゲルマン魂!!
闘将ルンメニゲが二アサイドで引っ掛けるような
シュート(この形が個人的には大好きなんです。
リネカーとかも得意な形で、点取り屋としての
嗅覚が分かるでしょ?)で一点を返し、
前半終了。そして迎えた延長後半、噂に聞いていた
フィッシャーのオーバーヘッドキックが炸裂。
ついに3-3の同点となり、史上初めての
PK戦に突入したのでした。

↑フィッシャーのオーバーヘッド
このインターバルの間の両チームGK
(西ドイツ・シューマッヒャ-、フランス・エトリ)
の表情が対照的で、非常に興味深かったことを
覚えています。結局、プレッシャーを楽しんだか
のようなシューマッヒャ-がPKを二本も止めて、
西ドイツに勝利をもたらしたのでした。


決勝戦

イタリア 3−1 西ドイツ

この試合もその当時の私としては、
非常にフラストレーションのたまった試合であった
ように記憶しております。
とにかく西ドイツディフェンス陣がイタリアの
スピードに対応しきれていなかったことに
イライラがつのっていたのでしょう(結局、
イタリアが嫌いだったっていうこと?)。

↑先制点をヘッドであげ、歓喜の表情で
走り去るロッシ。


今思えば、この大会のイタリア代表チームは
日本代表なんかも参考にするべき
(出来る、出来ないは別として)点が非常に
多い良いチームでありました。
決してフィジカル面ではナンバーワンでは
ないものの、堅守から攻めへの切り替えの早さ
などは是非見習ってもらいたい点です。