第十一回 アルゼンチン大会


前の年めでたく高校生になった私が、部活動に選んだのはなんとサッカー。
中学生の間は背が伸びず、ミュンヘンオリンピックを見てからずっと憧れ続け、
せっかく入部したバレー部を中退〜放送部入部と、不完全燃焼だった
私の中で、運動バカの虫がいよいよ目覚めた頃でした。
ところが、夏休み中のクレイジーな練習日程に恐れをなした私は
途中で一度退部してしまうのです。が、同じように中途半端に過ごしていた友人と、
校内球技大会のサッカーで燃えた(死語!)ことをきっかけに、先生に頼み込んで
再入部させてもらった頃に行われた、私にとって初めてのワールドカップでした。

74年の西ドイツ大会で“トータルフットボール”を掲げ、世界に旋風を巻き起こした
オランダ代表チームに、その中心であった背番号14ヨハン=クライフの姿はすでになく、
80年代へ向けての新たなスターの誕生が期待された、この大会。
アルゼンチンではケンペス、ルーケ、ベルトーニのFW陣に、インテリジェンス溢れるゲームメイク
が光ったMFアルディレス、堅守のGKフィジョール等が大活躍。
この大会の時、マラドーナはまだ17歳ということで監督メノッティの配慮によって
代表から外れ、悲嘆の涙に暮れたということでしたが、直後のヨーロッパ遠征時には
代表のメンバーに加わり、代表デビューのスコットランド戦での活躍は、
世界に新たなヒーローの誕生を予感させるに十分なものでした。
また、翌79年日本で開催されたワールドユース大会にはアルゼンチンのキャプテンとして
同世代の各国代表を相手に桁外れのパフォーマンスを見せつけ、優勝。
後にメノッティ監督をして「これまでで最高のチームは、
79年ワールドユースのアルゼンチン代表である。」と言わしめたのでした。

ケンペス、レンセンブリンク、ロッシといった点取り屋に、
ジーコ、プラティニもワールドカップデビュー。
それらの新世代プレーヤーに加え、ニースケンス、リベリ−ノ、フォクツといった
74年大会のヒーローたちが彩った
新旧世代の入れ替わりの目立った大会だったような・・・。

一次リーグ

「ブラジルが強い(らしい)」とか
「前回大会のチャンピオンは西ドイツ」
という程の予備知識しか
持っていなかったことと、
たぶん衛星中継もよほどの
注目カードしか行われなかったのでは
ないでしょうか?
それほど強烈に印象に
残っている試合はありません。
大会後にむさぼるように読んだ
「サッカーマガジン」や
「イレブン(懐かし〜!)」誌の
受け売り講評だと思います。
ブラジル 1−1 スウェーデン

大会を通じて得点力不足に泣かされた
ブラジル代表を象徴するような試合。
それでもこの一点を決めたブラジルCF、
レイナウド選手のプレーを自分でも
やってみたくて何度もトライしたっけ・・・。
空中で相手ディフェンダーと競り合いながら
落下してくるボールを足の甲でトラップし、
着地後すぐに、タックルに入ってくる相手の足を
かわしながら左足で決めたゴールです。
  二次リーグ

オランダ 2−1 イタリア

この試合はライブで見ました。
明け方のひんやりした部屋で一人、
オランダのロングシュート攻勢に
大興奮したことを覚えています。
試合内容はイマイチでしたが、オランダのMF
ハーン選手の40mシュート(ハーフラインあたりの
フリーキックをいきなりズドン!と名手ゾフが守る
イタリアゴールに突き刺した!)、これは
素人の私には強烈でしたねぇ。

オーストリア 3−2 西ドイツ

この試合は、オーストリアのクランクル選手の
左足のボレーシュートがあまりにも見事で、
同じチームのMFの選手が何度も何度もト
ライしていたことが印象に残っています。
また、後になって知ったことですが、
ドイツ代表がオーストリア代表に敗れたのは
実に47年ぶりのことだったとかで、
西ドイツ代表チームは帰国後、国民から
えらいキツイ出迎えを受けたとか・・・。

ブラジル 3−1 ポーランド

この試合は、ブラジルとアルゼンチンの二次リーグ
トップ通過(つまり決勝進出)を賭けた
壮絶な点取り合戦でした。
つまり、試合開始に時間差があり、先に
試合が行われるブラジルとすれば
なるべく多く得点を取って、後で
試合をするアルゼンチンに
プレッシャーをかけておきたかったのです。
ブラジルの得点で印象的だったのが、
3点目のポスト〜バー〜再びポスト
〜ゴール!のシーンで、この時のキーパーの
「どないせぇっちゅうねん!」といった表情が
非常に印象的でした。
結局、その夜行われた
アルゼンチンvsペルーの試合で、
アルゼンチンが6−0というスコアで勝ち、
初の決勝戦へと
コマを進めたのでした。

決勝戦

今ではあまりにも有名になって
しまった、アルゼンチン名物“紙ふぶき”。
この時はその美しさに
本当にビックリしました。




雰囲気が伝わりますか?
ある時期、日本もまねようと
しましたね。
アルゼンチン 3−1 オランダ

経済的に疲弊しきっていた当時のアルゼンチン
軍事政権にとって、国民の不満を少しでも
和らげる為にも、ワールドカップの初制覇は
何をおいても実現せねばならない至上命題
だったようですが、
そんな事情なぞ塵ほども知らない当時の私は、
初めてのワールドカップ決勝戦をとにかく
生で見たくて、早起きしてがんばったのですが、
延長戦になってしまい、
泣く泣く学校へ行ったのではないでしょうか。
(アルゼンチンの三点目の記憶が
全くありませんので。)

↑ GKと交錯するケンペス。
この後、こぼれたボールが再び
彼のもとに・・・。